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東京高等裁判所 昭和28年(ネ)1856号 判決 1954年9月09日

控訴人 被告 五十嵐福三

訴訟代理人 平山国弘

被控訴人 原告 真尾源一郎 外二名

訴訟代理人 荻野陽三 外一名

主文

原判決中控訴人に関する部分を取消す。

控訴人に対する被控訴人等の請求を棄却する。

訴訟費用中被控訴人等と控訴人との間に生じたる分は、第一、二審とも被控訴人等の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人等訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方代理人の事実上並びに法律上の陳述は、被控訴人等訴訟代理人において、第一審被告たりし円満寺は宗教法人令による宗教法人(寺院)であつて、同寺と控訴人との間に本件不動産売買のなされたのは昭和二十六年五月二十五日で、宗教法人法の施行された同年四月三日後であるけれども、宗教法人法附則第三項第四項により依然宗教法人令の適用を受けるので、同寺擅徒総代の同意もなく、また同寺の属する宗派の主管者たる高野山真言宗代表役員管長の承認もない本件売買行為は同令第十一条第二項により無効である。なお高野山真言宗主管者の承認は昭和二十六年四月十一日に一応あつたのであるが、それは円満寺住職太田真竜が同寺擅徒総代の同意がなかつたのに拘らず、その同意書を偽造行使してこれありしものの如く宗派主管者を欺いたことに因るものであつたから、高野山真言宗管長は昭和二十八年四月七日右詐欺による承認を取消しており、控訴人は右詐欺の事実を知る悪意の第三者である。また寺院の擅徒総代は宗教法人令第十一条第二項により、寺院財産の保護をはからんがためその処分に関しては、寺院住職の行為に対する監査権として、同意権を有するものであり、これは一種の私権であるから、侵害された場合にはその保護を求むるため訴権を有すること当然であると述べ、控訴人訴訟代理人において、第一審被告円満寺が被控訴人等主張の如く宗教法人令の適用を受ける寺院であることは認めるが、控訴人が被控訴人等主張の如き詐欺の事実につき悪意の第三者であることは否認する。また被控訴人等において本訴で主張する如き訴権を有することは争うと述べた外は、原判決事実摘示の記載(但し被告円満寺の答弁とある部分即ち三枚目記録一六六丁表一行目ないし七行目を除く)と同一であるから、ここにこれを引用する。

証拠として、被控訴人等訴訟代理人は、甲第一号証の一、二、第二号証、第三号証の一、二、第四号証の一、二、三、第五ないし第七号証(但し第五号証中被控訴人等の名義部分は偽造に係るものとして)を提出し、原審証人塩沢竜範の証言並びに原審における被控訴人真尾源一郎、第一審被告円満寺代表者橋瓜良全各本人尋問の結果を援用し、乙第三号証中被控訴人等の印影(但し当時の円満寺主管者太田真竜が擅徒総代改選のため所属宗派に提出する書面であると偽り白紙に押捺せしめたものである。)及び登記官署作成部分の成立は認めるがその余の部分の成立は知らない、乙第六、第七、第八各号証は不知、その他の乙号各証はその成立を認める、と述べ、控訴人訴訟代理人は、乙第一号証の一ないし八、同九及び十の各一、二、第二号証の一、二、第三、第四号証、第五号証の一、二、第六なしい第八号証を提出し、原審証人太田良峰の証言を援用し、甲第四号証の一ないし三、及び第六号証の成立を認め、甲第五号証は被控訴人等の名義部分まで全部真正に成立したものである、その他の甲号各証の成立は知らないと述べ、なお乙第三号証中被控訴人等の印影部分に関する被控訴人等の主張を否認し、右は白紙に押捺せしめたものでなく、一旦登記所に提出した書類に不備があつて返戻せられた後訂正して被控訴人等の訂正印を貰い更に提出したものであると述べた。

理由

控訴人が昭和二十六年五月二十五日、第一審被告円満寺から群馬県桐生市宮本町字宮田千三百八十二番の一宅地四百七十坪二合八勺を買受け、同年六月十二日前橋地方法務局桐生支局受付第二四四九号を以て売買に因る所有権移転登記を了した事実並びに被控訴人三名が当時右円満寺の擅徒総代であつた事実は当事者間に争がない。

而して被控訴人等は、右土地の売買については右円満寺の擅徒総代の同意もなく、同寺所属宗派の主管者の承認もなかつたから、宗教法人法附則第三項第四項、宗教法人令第十一条第二項により無効であるが故に、被控訴人等は同寺院の擅徒総代として右売買による所有権移転登記の無効確認を求め、且つ控訴人に対し該所有権移転登記の抹消登記手続を求むるため本訴に及んだと主張するので審按するに、右円満寺が宗教法人令(昭和二十年勅令第七百十九号)による宗教法人(寺院)であることは当事者間に争がないので、宗教法人法(昭和二十六年法律第百二十六号同年四月三日より施行)附則第三項第四項により、同法施行後も依然宗教法人令の適用を受けるものであることは、被控訴人等主張のとおりであるところ、同令第十一条第一項第二項によれば、寺院の不動産を処分するには擅徒総代の同意及び宗派主管者の承認を要し、この同意または承認なくしてなされた処分行為は無効とせられているが、擅徒総代は寺院の経営に関し主管者を扶ける責任を負う者であり(宗教法人令第九条第二項)、右の如く寺院主管者のなす不動産処分行為に同意を与える権限を有するのではあるけれども、これがため擅徒総代は法人たる寺院の機関であると解することはできないので、同意なくしてなされた処分行為は、擅徒総代からみれば第三者の財産について第三者相互間になされた法律行為であるから、仮りに本件不動産売買行為が、擅徒総代の同意がなかつたため前記法条に反する無効の行為であるとしても、その同意を求められなかつた擅徒総代において、その売買の相手方たる控訴人に対し、寺院のためこれが無効確認を求むる訴訟上の利益は、法律で特に認めない限り、当然にはないものというべく、また寺院のため、既になされているこれに因る登記の抹消を求むるが如き権限は、特に法律で与えていない限り、当然には存在しないと云わねばならぬ。然るに現行法上擅徒総代に、右のような寺院の利益のために訴訟の実施をなす権限を与えてはいないから、被控訴人等の控訴人に対する本訴請求は他の点の判断をなすまでもなく既にこの点において理由がない。

よつて控訴人に対する本訴請求を認容した原判決は失当であるから、民事訴訟法第三百八十六条によりこれを取消して該請求を棄却し、被控訴人等と控訴人との間に生じたる訴訟費用につき同法第九十六条第八十九条を適用して、主文の如く判決する。

(裁判長判事 斎藤直一 判事 菅野次郎 判事 坂本謁夫)

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